星降る夜の物語

~時を超えた約束~

第一章:出会い

夏の終わりの夜、僕は小さな丘の上で一人、星空を見上げていた。都会の喧騒から離れたこの場所は、子供の頃から僕の秘密の避難所だった。満天の星が瞬き、天の川が夜空を横切っている。流れ星が一つ、また一つと夜空を駆け抜けていく。そんな美しい光景に見とれていると、突然、後ろから声がした。

「きれいですね」優しい女性の声だった。振り返ると、白いワンピースを着た少女が立っていた。月明かりに照らされたその姿は、まるで幻のように儚く見えた。彼女は僕の隣に腰を下ろし、同じように星空を見上げた。「私、ここに来るのは初めてなんです。こんなに星がきれいに見える場所があるなんて知りませんでした」

僕たちはしばらく無言で星を眺めていた。不思議なことに、初対面なのに気まずさは全くなかった。彼女の存在が、とても自然に感じられた。「私、星野といいます」彼女が微笑みながら自己紹介をした。「星野?星みたいな名前ですね」僕は思わず笑った。「はい、よく言われます。両親が星が好きで、こんな名前をつけたそうです」彼女も楽しそうに笑った。その笑顔が、星空よりも美しく輝いて見えた。

「毎年この時期、ペルセウス座流星群が見られるんです。今夜はその最後のチャンスなんです」僕は説明した。「そうなんですね。だから今夜、何かに導かれるようにここに来たのかもしれません」星野さんは不思議そうに呟いた。その言葉には、何か深い意味が込められているような気がした。夜が更けていく中、僕たちは星の話、夢の話、人生の話をした。時間を忘れて語り合った。

第二章:約束

あれから僕たちは、毎週この丘で会うようになった。星野さんは不思議な人だった。彼女と話していると、時間の感覚が曖昧になる。まるで時が止まっているかのような、永遠の瞬間を過ごしているような感覚だった。彼女は星のことをよく知っていて、古い星座の物語を教えてくれた。ギリシャ神話や中国の伝説、日本の昔話まで、様々な文化の星の物語を。

「ねえ、あなたは星を見て何を思いますか?」ある夜、星野さんが尋ねた。「永遠かな。星の光は何百年、何千年も前のもの。でも今、ここで輝いている。時を超えて届く光。それが不思議で、美しいと思います」僕は正直に答えた。「素敵な答えですね」彼女は優しく微笑んだ。「私も同じことを考えていました。時を超えて届くもの。それは光だけじゃなく、想いもそうなのかもしれませんね」

秋が深まり、夜が冷え込むようになってきた。「そろそろ星が見にくくなる季節ですね」星野さんが寂しそうに言った。「冬になったら、また違う星座が見られますよ。オリオン座とか、冬の星座も美しいんです」僕は慰めるように言った。「そうですね。でも、私、もうすぐここに来られなくなるかもしれません」彼女の声が震えた。「どういうこと?」僕は驚いて聞いた。

「詳しくは言えないんです。でも、約束してください。来年の夏、ペルセウス座流星群の夜、また必ずここに来てください」星野さんは真剣な眼差しで僕を見つめた。「もちろん。約束するよ。でも、星野さんも来てくれますか?」「はい、必ず。どんなことがあっても、必ずここに来ます」彼女は僕の手を握りしめた。その手は不思議なほど冷たかった。でも、その握りしめる力は、確かな決意を感じさせた。その夜、僕たちは約束をした。時を超えた約束を。

第三章:別れ

次の週、僕はいつものように丘に向かった。しかし、星野さんは来なかった。一時間待っても、二時間待っても、彼女の姿はなかった。不安に駆られた僕は、次の週も、その次の週も丘に通った。しかし、彼女は二度と現れることはなかった。秋が過ぎ、冬が来た。雪が降り、丘は白く染まった。それでも僕は、何度も丘に足を運んだ。彼女を探して。彼女の痕跡を求めて。

ある日、僕は図書館で古い新聞の記事を見つけた。十年前の夏、流星群の夜に、一人の少女がこの町で交通事故で亡くなったという記事だった。その少女の名前は、星野。写真を見て、僕は息を呑んだ。それは、間違いなく、あの星野さんだった。でも、十年前?それはありえない。僕は確かに今年、彼女と会っていた。話をして、手を握った。あれは夢ではなかった。

記事にはこう書かれていた。「星野さんは天文学を愛する少女だった。友人によると、毎年流星群の時期になると、町外れの丘で星を観察していたという。事故当日も、流星群を見に行くと言って家を出たが、帰路で車にはねられた。享年十六歳。彼女の最後の願いは、来年もまた流星群を見ることだったという」僕は震える手で新聞を置いた。全てが理解できた。そして、全てが信じられなかった。

あの冷たい手。時間の感覚の曖昧さ。彼女が決して過去や未来の話をしなかったこと。全てに説明がついた。星野さんは幽霊だったのだ。でも、僕にとって彼女は確かに存在していた。彼女と過ごした時間は、決して幻ではなかった。「来年の夏、必ず行くから」僕は心の中で彼女に語りかけた。「約束を守るから。待っていてください」冬の冷たい風が、僕の頬を撫でていった。まるで、彼女の優しい手のように。

第四章:待つ日々

春が来て、桜が咲き、やがて散っていった。夏が近づくにつれ、僕の心は高鳴った。約束の日まで、あと少し。僕は毎日、丘に通うようになった。草を刈り、石を拾い、星を見るのに最適な場所を整えた。彼女を迎える準備をした。周りの人たちは、僕が変わったと言った。でも、僕は気にしなかった。ただ、約束の日を待ち続けた。彼女に会える日を。

ある日、偶然、星野さんの母親に出会った。彼女は今でも毎年、娘の命日にあの丘を訪れているという。「あの子は星が大好きでした。最後まで、星の話をしていました。来年もまた流星群を見たいって」母親は悲しそうに微笑んだ。「あの子に会ったことがあるんです」僕は思わず言った。「え?」母親は驚いた顔をした。「去年の夏、丘で。彼女は星の話をしてくれました。とても楽しそうでした」

母親は涙を浮かべた。「そうですか。あの子、まだあの丘にいるんですね。星を見ているんですね」「はい。そして、約束したんです。今年も必ず会うって」僕は言った。「ありがとう。あの子のことを覚えていてくれて。一緒に星を見てくれて」母親は僕の手を握った。その手は、星野さんと同じように優しく、そして温かかった。「僕こそ、感謝しています。彼女と出会えて」僕は心から言った。

夏至を過ぎ、七夕が過ぎ、やがて八月になった。ペルセウス座流星群の予報が出た。今年は特に条件が良く、たくさんの流れ星が見られるという。僕は準備を整えた。毛布を二枚用意し、温かいお茶を水筒に入れた。星座早見盤も持った。全て、去年彼女と一緒に見たかったものたち。約束の日が、すぐそこまで来ていた。僕の心は期待と不安で一杯だった。彼女は本当に来てくれるだろうか。

第五章:星降る夜に

ついに、その日が来た。八月十二日、ペルセウス座流星群の極大日。僕は夕方から丘に登り、日が沈むのを待った。空が徐々に暗くなり、最初の星が現れた。そして、二つ、三つと星が増えていく。やがて満天の星空が広がった。去年と同じ、美しい夜空。僕は深呼吸をして、待った。彼女が来るのを。約束を果たしに。

午後十時を過ぎた頃、流星が流れ始めた。一つ、また一つと、夜空を光の矢が駆け抜けていく。美しい光景だった。でも、星野さんの姿はなかった。十一時になっても、彼女は来なかった。「もしかして、来られないのかな」不安が胸を締め付けた。それでも、僕は待ち続けた。約束を信じて。彼女の言葉を信じて。「どんなことがあっても、必ず来る」と言った、あの言葉を。

日付が変わろうとしていた午前零時前、突然、風が吹いた。そして、彼女が現れた。去年と同じ白いワンピース、去年と同じ優しい笑顔。「待たせてごめんなさい。来るのが遅くなってしまって」星野さんは申し訳なさそうに言った。「いいんです。来てくれて、ありがとう」僕は涙が溢れそうになるのを堪えた。「約束、守ってくれたんですね」「もちろんです。約束しましたから」彼女は微笑んだ。

僕たちは並んで座り、流星群を眺めた。何十、何百という流れ星が夜空を彩った。「きれいですね」「ええ、本当に」会話は少なかった。でも、それで十分だった。共にいること、同じ空を見上げること、それだけで幸せだった。「ありがとう」星野さんが静かに言った。「こうして、また会いに来てくれて。約束を守ってくれて。あなたと出会えて、私、本当に幸せでした」「僕もです。また、来年も」「はい、また来年も。そして、その次の年も。ずっと、ずっと」流星が一際明るく光った。その光の中で、彼女の姿が薄れていく。「また、来年」彼女の声が風に乗って聞こえた。「また、来年」僕は夜空に向かって答えた。星が輝き、永遠の約束が結ばれた夜だった。