Kuproxnppへいわの会

第二次世界大戦 戦後82年 平和声明文

2027年8月6日 発布

Kuproxnppへいわの会は、2027年、戦後82年8月6日のこの日に第二次世界大戦の教訓を忘れないため、声明文を発布する。

1945年、8月6日。その時は、突然やってきた。午前8時15分、原子爆弾「リトル・ボーイ」が広島に投下された。

大東亜戦争中の大日本帝国は、アメリカ軍と戦っていたが、ミッドウェー海戦以後戦局は悪化の一途をたどった。そんな時、米軍は、核分裂物質としてウラン235が使われた原子爆弾を、広島を標的として、投下した。
広島に投下された原爆は、強烈な熱線と放射線を放出し、市内のほぼ全域は廃墟と化しました。
放射線を浴びた人は、後から、被害を受けた方もいます。

広島の教訓は、「HIBAKU」と、海外で使われるほど人々の記憶に、強く刻み込まれました。

戦争の悲惨さと犠牲

第二次世界大戦では、ナチス・ドイツによるユダヤ人の迫害、強姦、原子爆弾など過去の人類史に類を見ないほどの強烈な爪痕を残しました。
死者は、連合国、枢軸国合計、約5565万人もの死者を出しました。

日本では、1945年ごろ、神風特別攻撃隊による、零式艦上戦闘機や、回天を用い、特攻作戦に踏み切った。

塚本太郎少尉様(回天の金剛隊員)の遺言

以下のコンテンツは、塚本太郎少尉様(回天の金剛隊員)の遺言の肉声です。

父よ、母よ、弟よ、妹よ。そして永い間はぐくんでくれた町よ、学校よ、さようなら。 本当にありがとう。こんなわがままなものを, よくもまあ本当にありがとう。 僕はもっと, もっと, いつまでもみんなと一緒に楽しく暮らしたいんだ。 愉快に勉強し, みんなにうんとご恩返しをしなければならないんだ。 春は春風が都の空におどり, みんなと川辺に遊んだっけ。 夏は氏神様のお祭りだ。神楽ばやしがあふれている。昔はなつかしいよ。 秋になれば, お月見だといってあの崖下に「すすき」を取りにいったね。 あそこで, 転んだのは誰だったかしら。 雪が降りだすとみんな大喜びで外へ出て雪合戦だ。 昔はなつかしいなあ。こうやってみんなと愉快にいつまでも暮らしたい。 喧嘩したり争ったりしても心の中ではいつでも手を握りあって―。 然し僕はこんなにも幸福な家族の一員である前に, 日本人であることを忘れてはならないと思うんだ。日本人, 日本人, 自分の中には三千年の間受け継がれてきた先祖の息吹が脈打ってるんだ。鎧兜に身 をかため, 君の馬前に討死した武士の野辺路の草を彩ったのと同じ, 同じ匂いの血潮が流れているんだ。 そして今, 怨敵撃つべしとの至尊の詔が下された。十二月八日のあの瞬間から, 我々は, 我々青年は, 余生の全てを祖国に捧ぐべき輝かしき名誉を担ったのだ。 人生二十年。余生に費やされるべき精力のすべてをこの決戦の一瞬に捧げよう。 怨敵撃襄せよ。おやじの, おじいさんの, ひいおじいさんの血が叫ぶ。血が叫ぶ。 全てを乗り越えてただ勝利へ, 征くぞ, やるぞ。年長けし人々よ, 我等なき後の守りに, 大東亜の建設に, 白髪を染め, 齢を天に返して健闘せられよ。 又幼き者よ, 我等の屍をふみ越え銃刃を閃めかして進め。日章旗を翻して前進せよ。至尊の御命令である。日本人の気概だ。永遠に栄あれ祖国日本。 我等今ぞいかん, 南の海に北の島に全てをなげうって戦わん。 大東亜の天地が呼んでいる。十億の民が希望の瞳で招いている。 みんなさようなら!元気で征きます。

塚本太郎少尉様の遺言 肉声音声
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戦争を、二度と繰り返さないために、Kuproxnppへいわの会は、今後とも活動していきますとともに、第二次世界大戦で被害にあわれた方、原子爆弾被爆者のすべての方のご冥福をお祈り申し上げます。